業界別 DX コラム
公開 2024.06.20

【寄稿】 建設業の労働環境改善に向けた DX の取り組みとは 第2回DX 推進の最大のメリットは 「従業員の意識改革」(足立建設工業株式会社 総務部 DX 推進担当 大﨑凌 氏)

建設業で従事する人々の労働環境改善に向けて DX への取り組みが注目されています。一方でどのように取り組むべきか課題を感じる経営者や担当者が多いのも事実です。そこで東京23区で上下水道工事業を行っている足立建設工業株式会社で DX を推進している大﨑凌氏に同社の取り組み、特に中小企業が DX 推進するにあたって意識すべきことなどについてご寄稿(全3回)いただきました。

第2回は、 rakumo が実施した 「建設業界の働き方実態調査」 の結果に対しての所感、それに足立建設工業における取り組みについてです。

rakumo 社が建設業 (土木・建築・両方も含む) に従事し、自社の働き方に課題を感じている企業 (従業員数50名以上) の経営者・役員100名を対象にした調査では、以下のようなトピックが挙げられています。

【建設業の働き方に関する実態調査(要旨)】

出典 : rakumo 株式会社 「建設業の働き方に関する実態調査」

本稿では、調査結果に対する筆者の所感を以下の3つのポイントを中心に述べていきます。

1. 担い手不足解消は、社内業務改善だけでは不可能
2. DX 人材不足は 「誤解」
3. DX において労働生産性改善は二の次

担い手不足解消は、社内業務改善だけでは不可能

本調査では、担い手不足は大きな課題であることが明らかになりました。しかし、この課題を解決するためには、社内業務改善だけでは不十分です。解決するためには、大きく分けて 「社内へのアクション」 と 「社外へのアクション」 という2つの取り組みが必要だと考えています。

私の所属は間接部門ではありますが、建設業の従事者が社会に提供している価値は高く、建設業に携われていることを誇りに思っています。しかし、その魅力を若い担い手に伝える方法については、 「量」 「質」 「方向性」 すべてにおいて改善が必要だと感じています。

つまり、旧来の採用手法の延長線上ではなく、デジタル技術を活用したブランディングに積極的に取り組む採用と広報のDXが必要ということです。そうでなければ、少子高齢化社会の人材獲得競争にさらに取り残される可能性があります。

具体的な取り組みとしては、 「オウンドメディアの運用」 や 「SNS ・ YouTube の活用」 に加え、リブランディングなどが挙げられます。これらについては第3回にて当社の事例をご紹介します。

また、 DX とは少し外れますが、当社ではオンラインの施策以外にもロゴとユニフォームの刷新からはじまり、印刷物や封筒や採用ブースなど、あらゆるもののリブランディングを行いました。

こうした変化を通じて、自社の価値を再定義して、わかりやすく伝える努力をする。そうすることで、求職者に対して 「この会社で働く、未来の自分ってカッコいいだろうな」 とイメージを持ってもらえることができるのではないでしょうか。

一方、対外的な印象と実際の働く環境が乖離した状態では、せっかく入社した人材は辞めていってしまいます。だからこそ、 「社外へのアクション」 と 「社内へのアクション」 の両輪を実現することが重要になるのです。

社内へのアクションも多岐にわたりますが、そのうちの1つの手段が DX による労働環境改善による流出の抑止です。また、 DX を通じた生産性向上に取り組み、労働環境を改善して少ない人的リソースでより多くの価値を生み出す仕組みをつくることもポイントと言えるでしょう。

このような社外と社内のアクションに適切な投資を行うことで、担い手不足解消へ前進が期待できると考えています。

DX 人材不足は 「誤解」

調査結果では、 DX 人材不足も課題として挙げられています。しかし、これは誤解に基づくものである可能性があります。

経済産業省と情報処理推進機構 (IPA) が公開している 「DX 推進スキル標準」 では、 DX を推進する主な人材類型を 「ビジネスアーキテクト」 「データサイエンティスト」 「サイバーセキュリティ」 「ソフトウェアエンジニア」 「デザイナー」 の5種と定義しています。

【「DX推進スキル標準」 人材類型の定義】

出典 : 独立行政法人 情報処理推進機構(IPA) 「DX推進スキル標準(DSS-P)概要」

このように DX 人材と一口にいっても役割や業務内容が多岐にわたっていることがわかります。しかしながら、私が IT 業界から建設業界に移ってきて感じたのは、 「DX 人材や IT 人材は、これら5種の業務がすべてできる人と捉えられている」 ということです。

現実には5種すべてを高度に一人でこなせる人材は、 IT 業界にもほとんどいないはずです。にもかかわらず、 IT 人材への過大評価の結果、特に中小企業の多くで 「うちには IT スキルがある人材がいないから DX 推進ができない」 という状況に陥っています。つまり、中小企業が DX 推進担当に本来求めているスキルが違っていると考えられます。

それでは、中小企業における DX 推進担当に必要なスキルとは何でしょうか。私としては、 「ビジネスアーキテクト」 に該当する人物が社内にいれば DX 推進が行えると考えています。ここで改めて、ビジネスアーキテクト職の定義をご紹介します。

DX の取り組みにおいて、ビジネスや業務の変革を通じて実現したいこと (=目的) を設定した上で、関係者をコーディネートし関係者間の協働関係の構築をリードしながら、目的実現に向けたプロセスの一貫した推進を通じて、目的を実現する人材

すなわち、プログラミングのスキルやビッグデータの分析スキル、セキュリティやインフラの構築スキル、 UI/UX デザインのスキルなどに長けていることが必須条件ではないことがわかります。つまり、社内 DX の人材に実務的にはクリエイティブな IT スキルは必ずしも必要ないということです。

一方で、中小企業のビジネスアーキテクト職には以下の3つの能力が求められると私は考えています。

① 目的に向かって推進する能力

人間は変化を嫌う生き物なので、 DX 推進は歓迎されないケースも多い。推進するための工夫や、高いモチベーションが重要。

② マネジメント力

ビジネスアーキテクトの定義の通り、関係者をコーディネートし関係者間の協働関係の構築をリードする能力が必要。

③ プレゼンテーション力

DX 推進には経営陣や従業員の協力が必要不可欠です。検討した施策の重要性や意義、メリットなどを伝え、人を動かす技術が必要。

この3つの能力以外は、必要に応じてアウトソーシングしたり、サービスを提供するベンダーと契約したりすればよいでしょう。

なお、デジタル庁にもビジネスアーキテクト職のチームがあるそうですが、エンジニア出身者は少ないようです。このことから、ビジネスアーキテクト職は文系出身者などのいわゆる非 IT 人材でも活躍できるポジションだと捉えることができるのではないでしょうか。

以上、中小企業のビジネスアーキテクト職に必要な3つの能力をもとに考えると、将来の管理職候補の若手などを任命するのも良いかもしれません。 IT 業界の経験者が社内に1人もいない中小企業だとしても、将来の管理職候補の人材は少なからずいるはずです。こうした考えから、 DX 人材不足は誤解であると私は考えています。

DX において、労働生産性改善は二の次

調査要旨の3点目では、 DX 推進による労働生産性改善が期待されていることがうかがえます。しかし、私個人としては、 DX 推進の最大のメリットは 「従業員の意識改革」 であると考えています。

建設業は創業100年を超える長寿企業が多い業界であり、古い手法の業務がそのまま残り続けているケースも多くあります。 DX 推進をきっかけとして、古い手法から脱却し、従業員の意識改革を進めることが重要です。つまり、従業員の意識改革が起きた結果として労働生産性が改善する副次的な効果という考え方です。

そのためには、単に 「デジタル技術で労働生産性を改善するぞ!」 ではなく、 「デジタル技術で従業員全員の意識改革をしていくぞ!」 としたほうが労働生産性改善の効果も前者と比べて大きく、会社にとってメリットが多いのではないでしょうか。

また、 DX 推進の軸として 「業務」 だけではなく、 「人」 にもフォーカスすることも大切です。 業務改善だけでなく、従業員一人ひとりが自発的に DX で業務改善に取り組めるような環境を整備する必要があります。この 「人軸」 を考慮した考えに立つと、ビジネスアーキテクトによる IT サービスの選び方も変わってきます。

業務軸だけでは 「このツールならこの業務が楽になりそうだ」 という視点が重要視されます。しかし、人軸が入ってくると 「このツールならすぐに使いこなせてもらえそうだ」 「このツールなら従業員が自発的に業務改善を実現できそうだ」 という視点でサービスが見えてきます。

最後に、 「従業員の意識改革」 を前提としたデジタルツール導入後の DX 推進担当者に求められる役割について述べていきます。

詳しくは第3回でご説明しますが、当社では DX 推進委員会を立ち上げ、社内の全部署から DX 推進委員を選出し、20名体制で DX を推進しています。部署を横断したチームで動くことで、 IT 部門だけでは見えてこないような課題の拾い上げが可能になりました。

DX 推進委員は、 DX 関連の施策を普及させるための、各部署の代表としても機能します。 DX 会議で決定した内容を部署に普及させる役割が発生するため、結果として社内での普及効率を高めてくれています。

ビジネスアーキテクト職はマネジメントの役割が大きく、プレーヤーになりすぎてしまうと従業員が自主的に DX 業務改善をする機会を奪ってしまいかねません。そこで、当社ではデジタルツールの学習用マニュアル動画を全社に公開し、できる範囲の設定や操作は従業員本人にしてもらうよう努めています。

現在は、 DX 推進担当がいなくとも DX が自発的に進む企業文化を構築するために必要なフェーズと捉えています。従業員一人ひとりの間で DX への取り組みが進むことで、 「私たちの仕事は変わってもいいんだ」 「仕事が変わると、こうしたメリットがあるのか」 という意識改革のきっかけにもつながります。

従って、 DX での労働生産性改善はあくまで副次的効果であり、繰り返しにはなりますが、 「DX による従業員の意識改革が一番のメリット」 と言わせていただきたいと思います。