【寄稿】 建設業の労働環境改善に向けた DX の取り組みとは 第3回労働環境改善に向けた足立建設工業の DX 推進(足立建設工業株式会社 総務部 DX 推進担当 大﨑凌 氏)
建設業で従事する人々の労働環境改善に向けて DX への取り組みが注目されています。一方でどのように取り組むべきか課題を感じる経営者や担当者が多いのも事実です。そこで東京23区で上下水道工事業を行っている足立建設工業株式会社で DX を推進している大﨑凌氏に同社の取り組み、特に中小企業が DX 推進するにあたって意識すべきことなどについてご寄稿(全3回)いただきました。
第3回は、足立建設工業様における DX 推進の取り組みについて時系列でご紹介いただきます。
2022年5月、当社 代表取締役の足立裕介から 「足立建設グループ中期経営計画2022」 が社内公開されました。この計画において、 「DX 推進による生産性向上」 が喫緊の課題として掲げられていました。この背景には、建設業における 「2024年の時間外労働罰則付上限規制の開始」 や 「建設業界全体を悩ませる慢性的な人手不足への対応」 があります。
DX ロードマップの策定
2022年7月、社内向けに 「DX ロードマップ2022」 と題したプレゼンテーション動画を作成・公開しました。これは、足立建設工業における5年間のDX推進計画となります。
プレゼンテーションでは、 「DX とは何か」 の基本的な説明から始まり、アナログ業務の3つの問題点について取り上げました。
【アナログ業務の3つの問題点】
1. 属人化
特定の個人のスキルや経験に依存した業務は、業務の属人化を招き、 「〇〇さんがいないと回らない仕事」 が生まれてしまうこと
2. 不透明化
業務プロセスや担当者が可視化されていないため、無駄やムラが発生 ・ 放置されやすく、業務効率が低下してしまうこと
3. 非効率化
時代変化に対応できていない業務は、陳腐化や非効率化が進み、無駄 ・ ムラが慢性化してしまうこと
さらに書籍や学術書、データをもとに洗い出した他社の DX 失敗事例をロードマップ内で強調しました。成功例ではなく、失敗例としたのは、失敗は普遍的で根源的な人間の持つ性質や、原理原則によってもたらされるケースが多いため、当社においても再現性が高いと考えたためです。
【6つの DX 失敗事例】
1. ツールの導入が目的化してしまう
2. 企業文化への配慮がされていない
3. IT ベンダーの選定ミス
4. DX 推進専門の組織がない
5. 社員の DX への理解不足 (なぜ DX をするのか)
6. そもそも社員は変化をしたくないという前提が改革組織にない
これらを説明し、 「時代や環境の変化に強い企業」 へと変革するために、 DX 推進が不可欠であることを強調しました。推進にあたっては以下の4つを目標として設定しました。
【DX 推進に向けた4大目標】
1. 業務効率化
人時生産性 (付加価値労働生産性) を高める=社員一人が時間あたりに生み出す粗利を高める
2. 属人性の排除
「〇〇さんがいないと回らない ・ わからない仕事」 を排除し、個人の能力差に関係なく業務達成の再現性を高める
3. 業務の見える化
業務の経過や成果を公開することで、社員同士の相互補完による業務精度の向上を狙う
4. 5レス
「東京都下水道事業経営計画2021」 を参考に、ペーパーレス ・ FAX レス ・ はんこレス ・ キャッシュレス ・ タッチレスを目指す
そして、 DX 推進施策の第一弾として、基幹システムとなりうるグループウェアの導入を目指すことを宣言したのです。
DX 推進委員会の設立と推進施策の第一歩
2022年8月、常務取締役 足立敬吾を中心に、部署横断型の DX 推進組織である 「DX 推進委員会」 を立ち上げました。各部署から最低一名を委員として選出し、多様な視点と知識を結集することで、効果的なDX推進を目指しました。
DX 推進施策に向けて、従来業務の課題の洗い出しを実施し、大きく3つの事柄があることがわかりました。
- 物理的制約の多い労働環境の改善
- 従来は現場が終わったあと、本社に戻って PC 作業をする必要があった
- PC 作業がなくとも、必要な書類をとるため、一度会社に戻ってくる移動も多かった
- オンプレミス型ファイルサーバーや書類が本社に集約されているため、都市直下型地震などの発生時に事業継続が困難になる可能性があった
- 部署ごとにバラバラで管理されているシステムや、シャドー IT が問題化
- IT システムの導入は各部署ごとに検討し、部署ごとで独自にアカウントを作成・管理していた
- そのため、他部署と連携した効率的なデータ管理ができていなかった
- 「全体最適」 を合言葉に、クラウドシステム導入は DX 推進委員会を中心に行う仕組みが必要
- 社員全員の DX 人材化が必要
- DX 推進担当がいないと DX が進まないという考え方は、 DX 推進委員会の目標のひとつである 「属人性の排除」 に反する
- デジタル技術で業務改善をしたい社員が、自発的に自分の業務を改善できるシステムの提供が必要
- 非エンジニアでもデジタル業務改善に取り組めるような、わかりやすい仕組みが必要
これらを前提に DX 推進委員会は基幹システムとなるグループウェアの選定を進めました。そして3ヶ月後、数回の会議を経て 「Google Workspace」 と連携する拡張ツール 「rakumo for Google Workspace」 の導入を決定しました。
選定にあたって、 「従来の業務にぴったりなシステムをあえて探さない」 「システムカスタマイズや開発もあえてしない」 「 世の中の人が便利だと感じているシステムを採用する」 ことを心がけました。
その背景には、第1回でもご紹介したように建設業の付加価値労働生産性が製造業と比較して半分以下である点などがあります。つまり、古い労働手法が残り続けていて、今までの仕事のやり方が陳腐化している可能性があるためです。
そのため、一般的に生産性 ・ 利便性が高いとされているサービスに 「私たちが仕事をあわせていく」 ことが、本質的な問題解決につながるのではという指針を持って選定を進めました。
Google Workspace と rakumo for Google Workspace であれば、 Google アカウント一つあればログインでき、以下の図のようにさまざまなアプリケーションが利用できます。
これらのサービスはすべて、最新かつ安全なデータセンターで運用されており、世界中に分散してデータが保管されているため、 BCP 対策にも有効です。さらに、すべてのサービスはクラウドにあり、 Web ブラウザやアプリから操作できるため、場所や端末を選ばずに利用でき、物理的制約の大幅な軽減が期待できます。
Google Workspace と rakumo for Google Workspace の導入に加えて、 DX 推進委員会ではイントラネット 「Adachi Cloud」 の開設、スマートフォン向け現場管理カメラアプリ 「QCC@Binet」 の開発にも取り組みました。
Adachi Cloud は、当社の業務に必要なクラウドシステム、データファイル、情報、お知らせなどを集約したイントラネットです。クラウド上で動作するため、いつでもどこでもどの端末からもアクセスできます。最終的には Adachi Cloud だけで業務が完結する職場環境を目指しています。
QCC@Binet は、工事情報をクラウド上で管理・整理できるシステムです。スマートフォンで工事現場写真を撮影時、選択した工程に応じて電子黒板が自動で挿入され、また、撮影した写真は現場 ・ 工程ごとに自動で整理されます。
このほか、社内の機器や通信インフラの改善にも取り組みました。高性能なノート PC や5G対応のスマートフォン (Pixelシリーズ) の貸与、10Gbps通信が可能なインターネット回線の導入などです。
DX 推進2年目における成果
当社では DX 推進の取り組みをはじめて、2年目に入っています。まだまだ道半ばの状況ではありますが、現状の成果と実現性の高い将来像についてご紹介します。
ハードウェアによる成果
高性能ノートPCとスマートフォンの配布による従業員エンゲージメント向上と働き方改革
DX 推進には社員の協力姿勢が不可欠です。そのため、直感的にも変化を感じてもらいやすい本取り組みは、 「DX は自分に恩恵がある」 「だから DX に協力したほうがいい」 という意識を醸成させるため、早期に高性能ノートPCとスマートフォンの配布を実施しました。
この結果、いつでもどこでも仕事ができる環境になり、時間をかけて帰社する必要がなくなり大幅な労働時間短縮につながっています。
クラウドによる成果
カメラアプリ 「QCC@Binet」 による現場作業の効率化
ベンダーと共同で開発したスマートフォン向けカメラアプリ 「QCC@Binet」 は、現場作業員の負担軽減と情報共有の迅速化に寄与しています。
例えば、写真整理業務は従来であれば膨大な写真データを手動で整理する必要がありました。しかし、 QCC@Binet 導入後は、撮影した写真は現場 ・ 工程ごとに自動的に整理され、施工報告書が自動で作成されます。また、クラウドに保存されるため、工事写真の紛失リスクがなくなりました。
イントラネット 「Adachi Cloud」 を通じた、いつでもどこでも仕事ができる環境
Adachi Cloud には、業務に必要なクラウドシステム、データファイル、情報、お知らせなどが一元的に管理されており、情報収集にかかる時間を大幅に削減しました。
また、業務マニュアルを PDF および動画にして公開することで、ペーパーレス化と研修業務の省人化を実現しました。特に動画マニュアルは、属人的になりがちな研修業務の質を均一化し、いつでもどこでも繰り返し視聴できるため、学習定着率も高い状態です。
そのほか、会議資料を誰でも見えるように公開することで、情報共有の効率化と 「部署間の壁」 の破壊の一助にもつながっています。
グループウェアを通じた社内コミュニケーションとコラボレーションの強化
Google Workspace と rakumo for Google Workspace の導入効果は以下のようになります。
- スケジュール管理 (rakumo カレンダー)従業員同士の予定共有がどこでも把握可能になり、日程調整業務が大幅に減少。また、会議室や車両予約もクラウド上で可能になり、予約の見える化や業務の省力化につながりました
- 社内報 (rakumo ボード)社内報の伝達事項やポジティブなニュースが共有しやすくなるとともに、お互いに 「いいねボタン」 を押す文化が生まれ、互いの仕事をリスペクトする文化が醸成しつつあります
- ワークフロー (rakumo ワークフロー)従来、紙で回覧されていた稟議書のデジタル化 ・ オートメーション化 ・ スピードアップを実現。業務時間の短縮とペーパーレス化を実現しました
- 勤怠管理 (rakumo キンタイ)rakumo キンタイは、最新の労働基準法に則っており、 「労働基準法に違反するような勤務時間が入力された場合、アラートが通知される」 「リアルタイム打刻の出退勤打刻が推奨されており、手動で出退勤時刻を変更しても、変更履歴と変更前の情報はすべてデータに残る」 ため、従業員の労務状況が視覚的にわかりやすく、2024年問題への対策にもつながっています
- クラウドストレージ (Google ドライブ)いつでもどこでも業務用のデータにアクセス可能になり、移動時間や業務時間の短縮に寄与しました
- ビジネスチャット (Google Chat)なるべく従業員に業務に集中してもらう労働環境を構築するため、緊急性が低い連絡はすべてチャットで実施するよう社内で推奨。受信側は好きなタイミングで返信をすればいいというメリットがあり、通話と違って履歴もすべて残るため、伝達ミスの減少につながっています
- 写真管理 (Google フォト)スマートフォンで撮影した写真をパソコンへ転送する作業が不要に。特に施工管理において写真データの損失は大きな損害となるため、クラウド化は地味ながら重要な変化だと位置づけています
- ビデオ会議 (Google Meet)遠隔でのビデオ会議が可能に。また、会議の予定などをカレンダーに登録すると自動で Google Meet の URL が作成されるため、ビデオ会議の効率化も実現しました。将来的には施工現場のマネジメントにも活用を検討しています
- アンケート作成 (Google フォーム)社員自身が簡単にあらゆるアンケートをつくることができ、情報収集系業務の負担が激減しました。非エンジニア人材でも作成できる点は、当社の DX 推進委員会が目指す方向性ともマッチしています
- ノーコードアプリ開発 (AppSheet)一部の DX 推進委員がアプリ開発に着手していますが、独自性が高いが単純な業務(データベース系業務など)の効率化が期待できます。施策自体はまだまだこれからですが、最終的に自分の業務は自分でアプリ開発をして改善していく企業文化になれば、当社の DX 推進は大成功といっても差し支えないと考えています
- AI チャット (Gemini)ノーコードアプリ開発とともにまだ普及途中の施策です。当社は Excel 文化が根強い企業文化なので Excel の関数に関する質問など、業務上わからないことや、資料作成などをサポートしてもらえれば、業務効率化につながると考えています
デジタルを活用したブランディングによる採用 ・ 広報強化
最後にデジタル技術を活用したブランディング施策についてご紹介します。当社ではこれら施策を通じて求職者に選ばれ続ける企業を目指しています。
- 足立建設工業公式 YouTube チャンネルの運用開始主に求職者(就活生)に向けて、会社説明会を動画化し配信しています。
従来、新卒採用の会社説明会は年間50回程度の実施でしたが、 YouTube 上に会社説明会動画を公開することで、2023年は1年間で500回ほどに相当する会社説明会を実施できました。当社に見学に来てくれる学生の100%が事前に YouTube 動画を視聴してくれている成果も出ています。 - コーポレートサイトのリブランディングモダンなデザイントレンドをしっかり抑え、当社で働く人たちが、社会にどういった価値を提供しているのかを再定義しました。
「この会社で働くことは誇らしい、かっこいいことだ」 という印象を、ステークホルダーや求職者に加えて、インナーブランディング観点で社員に対しても与えることを目的としています。 - オウンドメディアコーポレートサイト上にオウンドメディアを立ち上げました。各テーマと内容は以下のとおりです。
- Adachi DXDX推進委員会の活動をプロモーションすることで、求職者や業界に対して DX に対する積極性をアピールすることを目的としています。
- 裕介社長の手紙、先輩たちの声求職者 (特に新卒学生) は、企業選びの基準に 「経営陣の人柄」 や 「働いているひとたちの人柄」 を重視する傾向がデータから読み取れます。
そのため、 「裕介社長の手紙」 では代表取締役 足立裕介の過去や想い、求める人材像を掘り下げ、 「先輩たちの声」 では先輩たちの入社までの経緯や、どういった業務に従事しているのかなどにフォーカスして記事をそれぞれ公開。記事を通じて採用強化につなげることを目的としています。
これらについて2023年より運用開始。その結果、2024年度新卒の採用者数は、定められた目標人数を100%達成することができました。
足立建設工業におけるDX推進の今後
このように当社では DX を手段とした労働環境や企業文化の変化によってエンゲージメント向上を図り、成果を上げてきました。今後も取り組みを進めて、求職者に選ばれ続ける企業を目指していく所存です。
しかしながら、 DX 推進はまだまだ道半ばです。今後も出身学部や職種に関係なく、社員ひとりひとり、全員が DX 人材と言える企業へ変化すべく取り組みを続け、 「時代や環境の変化に強い企業」 を実現したいと考えています。
建設業における働き方の改善は簡単ではありません。しかし、 DX をきっかけとして従業員の意識改革を進めることで、労働環境の改善や人材育成、ひいては企業の成長につなげることができます。本稿が建設業におけるDX推進の一助となれば幸いです。